〜 もうひとりの私 〜



鏡は……嫌い。
だけど……最初から嫌いだったわけじゃない。
どちらかといえば……好き……だった。

今よりもっと小さかった頃の私。
その時はまだ……私に貴兄がいるなんて……知らなかった。
理由は知らないけれど……別々の家に住んでいたから。
知らない人と話す事が苦手で……今もちょっと苦手なんだけど……
今よりもずっと……お話することを避けてた。
お話することが嫌いだったわけじゃない。
話しかけられればちゃんと返事をした。
頑張ってお話しようって努力はした……はず。
……もしかしたら自分では「ちゃんと」してるつもりでも
他の人から見ればそっけなかったのかもしれない。
だから……あまりしゃべらないお人形さんみたいな子だと思われてたのかもね。
ストレートの長い髪にフリルのたくさん付いた服装が……それを後押しするぐらいに。
椅子にちょこんと座っておとなしくしていれば……
誰もがあの子はフランス人形みたいに可愛いね、って言った。
あ……貴兄も……私がストレートにしてちょこんって座ってたら……また……言ってくれるかな?
ふふふ……今度試しちゃおうかな♥
そうすれば……あの時のことも……思い出してくれるかな?
初めて会った……あの時のことも。

楽しかったことや悲しかったこと。
「フランス人形みたい」とはどれだけ言われても
私は人形じゃないから当然……ある。
誰かに話したいと思うことだってあった。
だけど……できない。
そんな時は部屋の中にあった……大きな鏡に映る誰かが話し相手だった。
「女の子なんだから」とごく自然に置かれていた大きな鏡。
観音開きのこげ茶色をした鏡。
真っ白な私の部屋では一際大きく感じた鏡。
鏡を覗き込めば私と同じ姿をした誰かが……いつでもそこにいる。
なぜかは分からなかったけど……鏡に映る自分に似た誰かは……怖くなかった。
それが自分だと……気付くこともなく。
毎日……たくさんお話した。
鏡の向こうの誰かは聞き上手で、楽しい話のときは笑顔、悲しい話のときは悲しい顔。
どんな話でも文句一つ言わずに……聞いてくれた。
嬉しかった。
普段はあまりおしゃべりしないんだと思われていたせいか……
私が少し話すとみんな「えっ」というような顔で……
話の内容よりも私がお話しようとしていることそれ自体にしか興味の無い顔だった。
だからちゃんとお話を聞いてくれる鏡の向こうの誰かが……好きだった。
そんな時だった。
私が貴兄に……会ったのは。

それは……突然だった。
最初は誰か遊びに来たのかな程度だった。
話しかけられれば答えるけれど……私からは……切り出せない。
何か……何か言おうとしても……言葉が出てこない。
親戚の人は私が自分から話し出すような子ではないと知っていたから……
挨拶ぐらいで面と向かって話をしようとする人は……いなかった。
だけど……貴兄だけは……違った。
私が何か話そうとしているのを……ずっと待っていた。
驚いた。
大人は知ってか知らずか自分の話が終わるとすぐどこかに行ってしまう。
それは私があまりしゃべらない子だから反応を待っていなかっただけかもしれないけれど。
貴兄は……何か言おうとしながら俯いてる私を見て、待っていた。
何も言わずに……待っていた。
最初は私がそういう子だと知らないから待っているんだ、そう思った。
そう……思いたかった。
無口な子だと思われれば無理して話しかけようとしなくてもいい。
そうすれば私の目の前にいるこの誰かも他の人と同じように……私をそっとしておいてくれる。
だけど……貴兄は……待っていた。
急かすわけでもなく、ただ……私が何か言おうとしているのを……待っていた。
どうして?
別に私が引きとめたわけでもないのに?
それなのに……待っている?
実際どれだけの時間だったのか分からない。
私にとっては物凄く長い時間だった……でも時計を見ていたわけじゃない。
その長い、長い沈黙を……やっとのことで私は破る事ができた。
「……誰?」
たった一言。
本当はもっとたくさん言葉はあったはずなのに。
まるでその言葉以外は全て忘れてしまったかのように。
やっと出てきた私の言葉が届いたかどうかは分からない。
口がちょっと動いただけで声になっていなかったかも……知れないから。
その時……頭の上に何かが乗った。
貴兄の……手……だった。
「……えっ?」
大きなその手は……私の頭を撫でてくれた。
ビックリしたけど……嫌な気はしなかった。
初めてだったから?それとも……。

それから少しづつ……たくさんのことをお話した。
貴兄だと知ったのはその頃。
そういえば……最初に誰?って聞いたはずなのに答えてくれなかった。
しばらく話してから聞いたはずだから。
頑張ったのに……それまでで一番頑張ったのに。
……むー。
初めは本当に亀の歩みよりも遅い会話だった。
内容は他愛も無いことだったのに。
それは言葉に詰まったわけじゃなくて……なかなか私が切り出せなかったから。
いつも貴兄は待っていてくれた。
決して自分からは切り出さず。
始まりはいつも私からだった。
どうしても聞きたい事があった時はうまく話の流れを逸らしてたんだと思う。
楽しかった。
一緒にミルクティを淹れたり、
一緒に花を植えたり。
何でも楽しかった。
夢じゃないかと疑いたくなるぐらい楽しかった。
誰にもとられたくない……そう思うほどに。

その時だった。
鏡の中の私に良く似た誰かを思い出したのは。
あの私に似た誰かに貴兄を……とられたくない!!
きっと貴兄は……私の時にそうしたように
あの誰かがお話してくれるのを待ってあげちゃうに違いない!!
そうしたら……私は?
いつまで待ってもあの子はきっと何も言わない。
私の時に……そうだったように。
でも……私の時にですら呆れるほどに待ち続けてくれた貴兄は……待ってしまうに違いない。
一晩でも……二晩でも。
もしかしたら私が貴兄とお話して楽しかったのを羨ましく思ってるかもしれない。
いや、怒ってるかもしれない。
私が忘れてしまうぐらいほったらかしにされたと怒ってるかもしれない。
その仕返しに貴兄を私から遠ざけようとするかもしれない。
嫌。
それがわがままなのは分かってる。
それでも……嫌。

私は急いで部屋に戻り、鏡を開いた。
何て言ったらいいのか……どうすれば貴兄をとられないで済むのか。
考える余裕はあったはずなのに……それどころじゃなかった。
鏡には……いつもと変わらない誰かが立っていた。
いつもと変わらない……それが怖かった。
私は何も言えなかった。
言わなかったのではなく……言えなかった。
怖く……なかった……はずなのに。
変な気分だった。
このまま何も言えずにずっと……
鏡の前に立っていたら鏡の向こうの私に似た誰かと入れ替わってしまいそうで。
私しか知らないその子と入れ替わったとしても……気付いてくれる?
きっと誰も気付かない。
だって何もしゃべらなくてもそれが私だと思われてるから。
どうしよう。
お話しするのは苦手。
だけどこのままじゃいつ入れ替わってしまったとしても誰にも分からない。
それじゃどうやったらその子と私が違うことが証明できる?
……。
一番簡単なのは私が誰とでも話せるようにがんばること。
だけどそれには時間がかかる。
簡単じゃなくてもいい。
とにかく私だと間違いなく分かってもらえればそれでいい。
後は……後は……。
そうだ、洋服を自分で作ろう!
いつも私が来ている洋服はお店で買ってきた洋服。
どれも綺麗だから好きだけど同じ洋服を持っている子もいるはず。
現にあの子はいつも私と同じ洋服だった。
だから、自分で作った洋服ならどれだけ似ていたって全く同じものは存在しない。
これなら私だってすぐに分かってもらえる!!




それから鏡は……見ていない。
随分してから鏡は自分が映るものだと知ったけど……私の場合は違う。
私が覗いた時だけは……あの子が映るはずだから。
もし……この洋服で覗き込んだら……あの子はどんな洋服で現れるだろう。
同じ洋服が見つからないからって……何も映らないかもしれない。
元はといえば私のわがまま。
どうしても譲れないたった1つのわがまま。
あの子は何も悪くない。
それなのに……一方的に嫌いになって……。
本当はただ怖いだけなのかもしれない。
怖いから……あたかも鏡の向こうのあの子が嫌いだからと理由をつけて……
避けているのかもしれない。

今度……勇気を出して1度だけ……1度だけ会いに行くね。
私……謝らなくちゃ。
そして……お願いしなくちゃ。
あの頃のように……私があなたに話しかけられたように……
何でも言えるように力を貸して……
あなたの分の気持ちも……必ず届けてみせるから……。

もし……もし届いたなら……その時はまた会いに来るから……。
真っ白な……綺麗なフリルの付いたドレスを着て……会いに行くから。
それまで……待ってて。




〜 Fin 〜
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